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私史上最強のアイドル西畑くんがいる日常

自分らしさを受け容れる②

①の続きです。

なんとか楽しく過ごしていた小学生時代でしたが、中学生になってから母親との状況はより悪化する一方で、更には学校でも居場所をなくしました(笑)

 

かなり難ありなグレーな子どもっていうのは特に変わらずだったので、勿論みんなに横並びが出来ず異質さが目立ってすぐいじめの対象になりました。その中で学校で同級生とのとあるいざこざがきっかけで、パニックを起こして学校に行きたくないと訴えて、登校拒否をするようになりました。

それからしばらく学校へは行ったり行かなかったり繰り返してはいたんだけど、原因不明の吐き気とか頭痛とか震えとかが表れて、でも保健室では受け入れてもらえなかったのでだんだん学校に行かなくなり、眠れなくなったり震えたり吐いたり、そもそも部屋から出られない日も多くなってきて。さすがに見兼ねた母親が病院へと連れて行った結果、私は「小児うつ」と診断されました。

その当時はもういっぱいいっぱいで、でも家庭の状況が悪化し始めたころから漠然と感じていた生きづらさとか、しんどさとか、そういうのに名前を付けてもらった気がして少し落ち着いたんですね。

 

それからしばらく学校に行かない間は、ほとんど部屋に引きこもっていました。

親のことは嫌いだから基本はずっと部屋の中で生活してて、外に出るのはみんなが寝静まった夜中。どうしても日中外に出ないといけないときは、出来るだけ学校のある平日にして、それでも全く関係のない人の視線や話し声にずっと怯えていました。所謂、被害妄想がひどくて、あの人は私のことを見て笑ってるんだとか、あの人今私のこと馬鹿にしたとか。

でも、その状況が続いても埒が明かないし、どうにか学校に行ってほしいと両親は無理をして転校をさせてくれました。結局転校して割とすぐに先生たちのちょっとした言動に敏感になりすぎて拒否反応を起こし、教室に通ったのは指折り程度(笑)それでも、保健室登校が出来るようになったし、転校してよかったと思っています。

 

中学3年の時に、それまで通っていた心療内科に加えて児童相談所を学校のカウンセラーの先生に紹介されて母親と一緒に通うようになって、それから随分と自分自身のコントロールが効くようになりました。当時は、私と母親と別の部屋でカウンセリングを受けていて、母親はめちゃくちゃ抵抗してたのだけは覚えてます(笑)

 

でもこれで少しはいろいろと落ち着いてきたかな、と思った矢先。

突然ある日、朝起きたら母親がいませんでした。どこに行ったんだろう…と思ったら夜裸足で泥んこで服もぼろぼろになった母親が戻ってきました。何があったのかと問い詰めることが怖くて、でも疲れているようだからしばらく寝せて様子を見ようとして。そしたら次の日も朝起きたらいませんでした。そしてまた夜になってぼろぼろで帰ってきて。その次の日も朝からいなくなってて、でもたまたま親戚の家の近くで見つけてさすがに病院へ連れて行きました。車の中で母親は震えていて、でも診療を始めるとなったら今まで見たことないくらいに泣いて喚いて暴れ始めた。私の腕にかみつかれ、体を引っかかれ、人生で殺されるんじゃないかと思ったのはあれが今のところ最初で最後です(笑)

 

結局、母親も昔から生きづらさを抱えていたし、たくさん我慢をしていたんだとしばらくして気付きました。私に完璧を求めていたのも、厳しかったのも、今思えば母親が祖母からそういう風に育てられていて、だから自分自身を律して私に接していたし、そんな中で私が引きこもるようになって、母親が壊れたのも仕方ないと思っています。

それから入退院を繰り返す母親をサポートするのは自分しかいないと、母親のことを認めたわけじゃないけれど自分よりも母親を優先するようになりました。

 

そしてなんとか高校にも進学。ただ中学時代のいろんな噂(内容は詳しく知らない)が入学当初から回っていて、異質さも変わってなくて、結局入学して数日で仲間外れにされてまたいじめの対象になりました(笑)

正直高校に入ってからも母親の状態は安定しないし、自分もうつを抱えて生活しているから調子が悪いと不安定になるし、完全なるキャパオーバー。それでいて担任はそれを知っているから必要以上に気にかけてくれて、いじめの対象としてはエスカレートする一方(笑)まあいろいろありました、いじめが嫌で2年でクラス変えたのに廊下で前のクラスの子たち数人に囲まれて(元を正せば私も悪いんだけど)詰められて過呼吸起こして倒れたり。

 

結局居づらさを感じて高校3年で普通高校から通信制高校に転入をしています。それはそれで正解だったと思う。でも、その頃には最早自分自身の価値なんてないと思ってました。

いじめられる中で、自分がいると邪魔なんだ。生きてることが空気を乱すし害なんだ、と言われた言葉を鵜呑みにしたり(笑)幼少期から完璧じゃない自分にコンプレックスを感じていて、更に存在価値を否定されて(相手にそんな気持ちがなかったとしてもうつ状態で冷静な判断なんてできなかった)、挙句の果てに親すら壊してしまった。そんな私なんてさっさと死んでしまえばいいんだってずっと思ってました。

 

でもそんな私にとことん付き合ってくれた友達がいた。だから自分に自信が持てなくてもかろうじて生きようと思えた。いちばん覚えてるのは中学の同級生で、学校に通っていた当時はいつめんでも何でもなかったeighterの子がことある事に私の家に来ては関ジャニ∞のDVDを見せてくれてたなあ(笑)でもそうやって楽しみを共有してくれる友達もいた。

 

おかげさまで無理を言って大学にも進学して、心理学を学んで自分と母親の理解のためにちょっとだけ努力をして、少しずつ自分を取り戻すことが出来ました。ただ、焦って就職した結果、うまく立ち回れない自分に自信をなくして、存在価値を見出せずにいっぱい失態を犯して今に至ります(笑)

 

それで現在に至るんですが、正直大学時代も彼氏に束縛されて必要としてもらえることが嬉しくてそれが愛なんだと勘違いしたり、人に嫌われることが極端に怖いので、就職してからも上長からそういうお誘いを断れずにズブズブと関係を続けたりもしました(今はなんとか蹴りついたけど)。

 

どうやったら嫌われずに済むだろう、って考え方は正直いつからそうなのかはわかりません(笑)今の仕事をしていて、理不尽なこともたくさん言われました。そのたびに、もっと頑張らなくちゃ、結果を残さなくちゃ嫌われると自分自身を追い詰めていました。でも今の部署で自分の意見を求めてくれて、それをたくさん活かしてくれて、今の上司たちが恐縮なほどに私を評価してくれたから、仕事の裁量権や責任は以前よりも増えたのに、きちんと評価してもらえるってだけで仕事がすごく楽しくなったんです。だから転職を決意しました。矛盾極まりない(笑)

 

まあ、今の部署では正当に評価してくれて、しんどい時は休憩しても大丈夫だよって受け入れてくれるのですが、他部署ではそんな甘っちょろいこと言ってくれません。結果出さないと意味がないからまあ厳しくされて当たり前。更に当時は保身の為と思って別部署の上長とそういう関係を持ったけど、自分に少しずつ自信を取り戻すと共に、その人の存在に拒否反応を示すようになりました。ふてぶてしい話ですよね。(笑)顔見るのも声聞くのも、香水の香りもなんかもうすべてだめで、でもその人とも関わらないと今の仕事はできません。

自分自身を見つめなおして、もう一度自分自身を取り戻そうとした結果、転職することが最善だという結論に至りました。

 

その中で、もう一度自分自身としっかり向き合う時間をとことん取りました。記事に書いたみたいなことを一から整理して、自己肯定感があまりにも低いのどうにかならないの?って言われることが多い原因ってどこから来てるのかって考えて。

正直今までの環境がそうさせたって答えも間違いじゃないんだけど、だからって自尊心低いまんまでいいとは全く思わなかった。むしろ自己肯定感高くてポジティブな友達を見ていると羨ましくて、自分としてはそうなりたい。


そのために、話は戻るんですけど自分自身に嘘つかずありのままを受け容れて、今の自分の気持ちにたまにはしっかりと手を当てて向き合うようにする必要があると感じました。

次の就職も本当はどういう働き方がしたいのか、なんで漠然と仕事をしながら空虚感が生まれていたのか、新卒の時以上に時間をかけて向き合いました。

その結果、随分と軸が定まり自分の判断基準も明確になったと思っています。新卒の時にこれをするべきだったんだけど(笑)


もし納得した上で次の就職が決まったら、今度はなりたいビジョンをしっかり見据えて、自分らしく働くとは?をもっと追求したいと思っています。



正直未だに私は病気と共に生きてるし(ちなみに高校生くらいに統合失調症という診断を受けました) 、母親も病気を抱えて生きています。

正直過干渉だし過保護だし母親のことは今でも大の苦手で一緒に生活することはしばらくはしたくない(笑)でもそれって理解してもらいにくい。だからことある事に親不孝って遠回しに何度も言われてきました、身内にもそれ以外にも。

それ以前に私自身精神的な病気があるんだってカミングアウトすることもほとんどありませんでした。それも偏見差別が怖かったというのもあるし、何より理解してもらえないと諦めていたから。


でも、それもひとつの個性だし、ひとつの家族のかたちだし、そんなのいちいち気にして神経すり減らすの馬鹿みたいって思えるようになりました。自分が納得していれば、意外と周りの声も気にならなくなってきたので、少しは大人になったのかなあ!!!(笑)


とは言ってもやっぱり日々の中で生きづらさはよく感じています。気にしすぎと言われればそんなものなのかもしれないけど、他人と自分を比較して落ち込むことも多いし、正直私ってかなりぶっ飛んでるんだなあって社会人になって身をもって感じています(笑)私の常識はどうやら世間一般とだいぶズレているらしい……ただそれも個性として笑って流してくれる人もいるんだってことに気付きました。


こんな私でも、好きでいてくれる友達がいるし、別に完璧じゃなくたって沢山のボロが出たって、そんなこと気にしないで接してくれる人がいる。それは漠然とした生きづらさを抱えている方皆さんに共通すると思います。

だってきっと、気兼ねのない人付き合いって損得で付き合うものじゃないって思ってるから。私は人がドジしても可愛いなあって思うし、何かに失敗したからっていってそれだけでその人のこと嫌いになったことなんて一度もないです。むしろ助けてあげたい力になりたいと思うただのお節介さんです(笑)


そして私は周りに愛されてきたからきっと腐らずに今前を向けています。未だに生きてるだけでどうしようもなくしんどくなることもあるけれど、呼吸が苦しくなったり気持ちがなんとも言えないもやもやで埋め尽くされたりもするけれど、その感じ方も全部引っ括めて私だもん。きっとちょっと私は人より敏感になりやすいだけ。



まとまりのない文章ですが、決意は受け止めて頂けたでしょうか(笑)まだまだ私は自己理解のスタートラインに立ったばかりで受け容れるのも嘘つかずに生きるのもこれからです。だからといって生きづらさが解消されるかは分かりませんが!!!



でもきっと、私と境遇は違えど大切な誰かを失ったり、仕事や人間関係でつまづいたり、そんな経験って多かれ少なかれ誰にでもあるんじゃないかなあって勝手に思いました。そしてそれが漠然とした生きづらさに繋がる可能性も十分にある。


だからこの記事を読んでる方の中で今感じてるもやもやした気持ちとかあるならば、それって誰にでも起こり得るし、少なからず私はそんなもやもやをしょっちゅう感じています(笑)なので貴方だけじゃないですよ!!



そうやってたくさんつまづいてもその度にもっと自分を理解して、自分の嫌いなところも笑い飛ばせるようになります。それが今の目標です。


まずは今の会社をやめる決断がスタートライン!それからどうなっていくのか暖かく見守っていただけるのであれば嬉しいです。




かなりの長文、乱文で読みづらかったとは思いますが、最後まで読んでくださった方ありがとうございます。


私は前むくぞ!今まで決断したことに後悔はないしあとは難しいこと考えずにやってみて考えるぞ!自分なりのペースで!




お粗末さまでした。

その苦しさしんどさ生きづらさと、この記事が交わってくれていたらいいなあ。

自分らしさを受け容れる①

こんにちは。いかがおすごしでしょうか。

7月も中旬に入って、梅雨明けと同時に猛暑続きの毎日…そろそろ本気で指先あたりから水分となって解け始めるんじゃないかと妄想するくらいに暑さに既にやられている私です。

 

そんな既に猛暑が続く中、私は仕事柄スーツジャケットを羽織って汗だくまっしぐらなので、どうすればいかにメイクが崩れないかを毎日考えています。というのは嘘ですが、仕事だろうか仕事じゃなかろうが最近は毎日ジャケット羽織ってヒールをかつかつさせております。

 

何故なら、転職活動をしているからです。

 

もしかしたらTwitterのフォロワーさんの中には、今年の4月に社会人1年生頑張った!自分お疲れ!!と頑張って自分を褒めてあげた記事をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。(既にエントリー消してますが)

 

1年頑張ったんだけど、結局耐えられませんでした。笑

その理由はまあとりあえず置いておいて、現職をやめるとなったときに、なんでこんな現状にまでなってしまったのかな…と考えました。すごく。

考え抜いてひとつ感じたのは、私はどうにも自分自身とそれを取り巻いてきた環境のことが嫌いすぎる。だからもう私なんてどうなったっていいや、流されちゃえー!とか、結局こうなったのは親のせいなんだ!!とか、自分が嫌いなことを正当化して自分も周りも沢山振り回して生活しているな、、としみじみ思ったんです。

 

だから、私の転職活動には裏テーマがあります。

“ありのままの自分を受け容れる” “自分自身に嘘をつかない”

まあ100%すぐすぐ出来るとも勿論思っていません(笑)ただ、その為の努力をそろそろしなきゃなあと思い始めたんです。努力をせずに自分の根っこの気持ちをないがしろにしてきたから、生活してて苦しくなることもたくさんある。そして人には頼ってほしいといつも思っているのに、自分が弱さをさらけ出さずに誰が頼ってくれるんだろう。

 

それで。前置き長くなりましたが、自分をさらけ出すことを決めました。別にこれで友達減ったって元々友達少ないから問題ないし、だからと言って同情票が欲しいとも全く思ってません。

じゃあなんでこんな記事書いて公開するかって、自分に嘘つかないでありのままを受け容れていくって決めたんだって決意表明をするためです(非常にどうでもいい。笑)

 

今まで関わってきた方々に今までの生きづらさとか苦しさとか全部話したことってほとんどなくて、その時々で頼ってきたことはたくさんあったんだけど、それ以前の過去について話したことってめちゃくちゃレアケースだと記憶しています。何せたぶん過去から掘り起こすとめちゃめちゃめんどくさい人なんですよ私。(笑)

両親にも自分の辛さしんどさとか100%ぶつけたことはないし(ぶつけても80%くらいが限界)、それに関しては正直それで正解だと思っています。ただ、別に私は強くないから、むしろ人よりとっても弱いから、1回名刺みたいな記事作って私こんな人ですって作っちゃうのもありなのかなあと思いました。所謂めんどくさがりです。そんなこと言っても結局自己満なんだけどね!!!

 

ということで、こんな経緯でひっそりと(?)今までの自分と向き合っていきたいと思います。その中で今生きづらさを感じている人がいれば、生きづらさを感じているのは貴方だけじゃないんだよって思ってもらえればいいなあ。なんて思ってもいます。

まあ、結局自己満ですが(2回目)

 

 

ということで早速、自分自身を振り返っていきます。

 

私は、小さい頃、両親と母方の祖母と4人で暮らしていました。

父親は仕事柄あまり家におらず、母親はめちゃくちゃ厳しかったです。今思うと、厳しいというよりも完璧を求められていたのかな?とも思うのですが、テストで100点取ったって作文で賞を取ったって褒めてもらった記憶は一度もありません。(笑)ただその分祖母はとっても優しくて、母親に褒めてもらえなかった時も何度も泣きついて祖母に思いっきり褒めてもらっていた記憶があります。そして祖母を味方につける。幼いころからずる賢いのは変わってないです。(笑)

 

そんな幼少期、母親曰く正直私は普通じゃなかったそうで。3歳くらいの時に自閉症の疑いがあるって診断されたこともあったらしいし(診断されてから祖母が必死に言葉を教えたらしい)、幼稚園を2ヵ月くらい休んでいたりとか(原因は不明、別に体調は悪くなかったらしいけど勿論記憶にはない)、小学校に入ってからも度々問題を起こして毎年担任の先生を困らせていました。(何が原因か覚えてはないけど、人一倍先生に怒られていたことだけは記憶にある)

そもそも普通ってなんだよって感じなんですけど、あながち自閉症の疑いって診断されたのも間違いじゃなかったのでは?と思うこともありました。ちなみに、幼稚園くらいまでの記憶にない部分については、物心ついた頃から耳にタコができるくらい母親から聞いていたので、嫌でも刷り込まれています(笑)もっとえげつないエピソードたくさんあるけど、そもそも小学生の頃からそれを子どもに毎日言い聞かせるうちの母親ってどうなんだってずっと思ってました(笑)

 

でも、別に小さいころ生きづらさとか馴染めなさとか、そういったことを感じたことはなかったし、むしろ友達いっぱいいるし勉強も習い事も何もかもが楽しくて、毎年学級委員したり小学校で生徒会入ったりと、かなり活発な女の子でした。ただ、母親にどうやったら認めてもらえるだろうともがいていたのはよく覚えています。

そんなこんなで、めっちゃグレーゾーンな幼少期だったのですが特に大きな問題もなく(あったとしても覚えてないだけかも。笑)過ごしていました。

 

ただ、小学5年生の時に大好きな祖母が癌で亡くなりました。

痛いのも具合悪いのも我慢する性格からか、癌が分かったときは既に末期で、それまで一緒にたくさん外で遊んでくれていた元気な祖母は、入院して亡くなるまでの1年間で別人に変わっていきました。亡くなる前、はじめて通知表でオールAを取って祖母に見せたとき、近くにいた看護師さんに「私の自慢の孫なんだよ」と言ってくれた言葉は今でも忘れられない。ただ、その日を境に容態が急変して、間もなく亡くなりました。

祖母はそもそもシングルマザーだったため、母親にとっては唯一の親でした。私も一番の理解者である祖母が亡くなったことでかなり不安定になりましたが、それ以上に母親は不安定だったと思います。

 

それから、母親は厳しさに磨きがかかり、自分のことでいっぱいいっぱいになっていきました。元々人付き合いが苦手だったけど、授業参観にもあまり来なくなったし、ごく稀に来た際は、帰ってから同級生を褒めちぎる時間が続きました。他に親との活動があっても父親が来れるわけでもないので、だいたい私はひとりぼっちでした。周りの家族を見ながら、出来が悪いから見に来てくれないんだ。私のせいだと言い聞かせていました。

家で母親には完璧じゃない私をそれまで以上に責められるようになったし、かと言って私も追い詰められていたので、反抗して狂ったように泣き叫ぶこともありました。毎日のように母親と殴り合いの喧嘩をしていたし、泣きながら家出して近所の人にかくまってもらったことも何度もありました。そして、小学生ながらすべてが嫌になって飛び降り自殺を試みたこともあります。ほんとどう考えても正気の沙汰ではない(笑)

 

そんなこんなで学校でも保健室にこもりがちになって、でも周囲は変わらずに優しかったし、6年の時の担任の先生はきちんとそんな私と向き合ってくれました。自分自身、何もできないし生きてる価値がないと思い込んでいた(のは6年生の時の連絡帳をこないだ見たら自分で書いてた。笑)そんな私に毎日「頑張らなくていいよ」と声をかけてくれてたし、母親と少しでも上手くいくように親身に考えてくれてました。

結局、先生の思いもむなしく、母親との状況は悪化をたどるばかり。そんな中で忘れもしませんが小学校の卒業式、帰りのHRで親に感謝の手紙を渡す段取りになっていて、みんな親のところに駆け寄ってるのに、探しても探しても母親はいませんでした。HR終わって思いっきり手紙を破り捨てたところまで鮮明に覚えてます(笑)

ちなみに母親がいなかった理由としては「人ごみが苦手だから」。今となっては笑い話だけど、当時の私には悔しくて悲しくて、これじゃ認めてもらえないし母にとってはそれっぽっちの存在だと思って耐えられなかった(笑)ちなみに父親は母が卒業式に行くと聞いていたのでさすがにその話を聞いて怒ってましたが(笑)

 

家庭の状況は正直最悪だったけど、それでも学校に行けば忘れられたし、正直女子のグループに所属するのがめんどくさくて、どこにも所属しない一匹狼すぎて浮いてはいたけど、なんだかんだみんな優しかったし。楽しくやってました。

たぶん、小学生くらいまでは傍若無人で超めんどくさい子ども!!!だったけど自分らしくという点では、家から出ればかなり好き勝手やってたと思います。(笑)

 

ただ、この時点で既に自分自身にはコンプレックスを持っていたし、更にここからそれまで以上に自分に自信をなくしていきます。

長くなりそうなので、②に続きます。

ジャニオタ、自分に似合うオシャレを知る。

 

こんにちは。

GW終わっちゃうよ~~現実鬱だよ~~なんて言葉が各所SNSで見受けられる今ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。GW(ごく普通のウィーク)を過ごして同じ部署の先輩と暇だね眠たいねなんて言いながら勤労に勤しんでいたジャニヲタが通りまーす。笑

 

まあ、お察しの通り、GWはがっつり!がっつり!!!仕事だったのですが。

先日の束の間のお休みでここ最近流行りのパーソナルカラー(以下PC)診断へ行ってまいりましたいぇーい!!!!(流行りから乗り遅れてるよというツッコミは胸にそっとしまってください)

 

まずは、なんでこのタイミングで行ってみようと踏み切ったのか。

 

それは、先日私の会社の研修で外部講師の方から簡易的なPC診断をしてもらったのがきっかけです。

それまでメイクは割と好きだし(?)PCの存在も知ってはいたので、自己診断で勝手に私はスプリングだと思い込んで生きてきました。周りからもお前はスプリングだろ!!と言われまくってきたので俄然そうだろうと思い込んでいました。

理由は簡単。

 

好きな色がスプリングど真ん中だから。

はい安易~~~!!!笑

 

 

今回もまあどうせスプリングだろ、はいはいわかってるって~!!とかなりたかを括って望み、先生が私の目の前に。すると迷うそぶりもなく一言。

先生「サマーですね。間違いない。」

 

・・・?!!!

 

まだ何をするわけでもなく突然告げられたサマー宣言。寒色系が似合わないとうんじゅうねん言われて育ってきた私に貴方はサマーだと告げて、サマーという言葉に似合わないほどの涼しい顔をしながら念押しの確認をしつつ納得した顔で頷いている先生。

そのあとサマーさんに似合う色、ということで紹介してもらった色は私が避けて通ってきた色のオンパレード…ほんとにこれ似合うの?という気持ちがもやもやしたままその研修を終えました。

 

なにせ、会社の研修なので突っ込んだ質問もあまりできずにその日は終わりました。

 

理屈はわかったんだけど、自分自身骨の髄まで納得したとは言えないわ!!!という不完全燃焼感。それと、せっかく似合う色を知ったのなら似合う服のテイストとか髪型も知りたいよ!!!という探求心。

 

そう思った瞬間に地元でPC&骨格診断をしてくださるサロンを見つけて予約のボタンを押していました。

 

 

 

それから数週間後の先日、やっと詳細な診断を受けに行きました。

そこではPCと骨格診断に加え、顔タイプ診断もしてくださるということで、自分により似合うオシャレを知れるんじゃないか!というわくわくな気持ちで早速カウンセリングからスタート。好きな色や、普段のメイクや服装を聞かれた後に診断に移ります。

 

まずは顔タイプ診断から。

顔タイプなるものは初めて知ったのですが、大きく8タイプあり、これを知ることで自分に似合う髪型や服装の柄、雰囲気などが分かるとのこと。簡単に説明を受けていると先生からひとこと。

 

 先生「ではなりたい顔とか好きな顔ってありますか?」

 

・・・なりたい顔は断然にしはただいごくん。(真顔)

とはさすがに言えなかったので

 

私「有村架純ちゃんとか…?(当たり障りのなさに徹するヲタク)」

先生「最近人気だし可愛いですよね!!!…でも、タイプ違いますね。」

 

ひいい!!!知ってる!!知ってるけど!!!!!

なぜタイプが違うのかは、正面と横から撮った自分の顔面のパーツのサイズや間隔を図りながら詳しく説明していただきました。

有村架純ちゃんになりたいといった私は見事に砕け散りましたがソフトエレガントというタイプに分類されるそう。フリフリしすぎた服装や柄が強い服などは苦手、と言いつつカジュアルも苦手。とにかくどシンプルが得意。まさしくでした。

ちなみに名前を挙げた有村架純ちゃんはキュート。皆さんお馴染みのジャニーズでいうと櫻井翔くんや伊野尾慧さんもその部類。西畑さんの教祖二宮さんはクールカジュアル。そりゃまるで違うわけだ。()

 

ちなみにこの記事顔タイプについてすごーーーく分かりやすい記事だったので参考までにどうぞ。

akarinotsuki.com

 

 

顔タイプが終わると、次は骨格診断。

骨格診断は結構最近聞きますね!ストレート・ウェーブ・ナチュラルのどれに当てはまるかで自分のスタイルがよく見える服の選び方が分かる!わくわく!!

 

立った状態で骨の太さや手首のかたち、体のラインなどを触りながら診断してもらいました。触られるの嫌いだと背後回られた瞬間にちょっとぞっとするかも。

ストレートとウェーブが入り混じっていて分かりづらいと言われましたが結果ウェーブとのことでした。分かりづらいと言われた原因は、下半身にボリュームがないように見えたからだとのこと。お尻が大きいのが常々コンプレックスで取引先のおっちゃんはそれを分かって飲み会でいつも「お前はぷりけつだからな~!!」と笑ってくれるのに。(私の中ではセーフなのでご心配なく)

おそらくダボッとしたジーパンを履いていたことが原因だと後から考えたので、あまり体型をカバーしすぎるような質感の服装は適してないですね。(考えればわかる)

 

参考。

www.colornavi.net

 

 

ここまで自分に似合う服や髪型などもだいぶ理解できてこれだけでも結構満足だったのですが。笑

最後にPC診断が待っています!!!!未だにサマーという事実を100%受け入れることができていない未練たらったらのオタクがとおりまーす。

 

本格的なPC診断では、よく皆さんが挙げているように色布を顔の周りにあてながらどういう色が似合うのか、どの色が自分の顔映りをより映えさせてくれるのかを何色も繰り返し見ていきます。

私の行ったサロンではセブンシーズン法といって7パターンの診断がありました。ジャニヲタには湾岸スキーヤーが頭をよぎるとお馴染みのspringsummerautumnwinterに加えてこの診断ではEarly springrainy seasonDeep autumnの7種類に分かれます。

あのね、最初の説明がすごく素敵だったの!

「例えばrainy seasonとsummerはブルーベースの中でも近いんだけど、rainy seasonは少しくすみの強いカラーが多くて、梅雨時期の紫陽花のような色とかもあるんですね。そんな雨が上がって爽やかな夏を迎えると明るい色が入ってきますね、これがsummerさんなんですよ。」

みたいな!!!情景が浮かぶ文学的表現大好き。(頭の弱さ丸出し)

 

まあ、前置きは置いといて。肌の色を見たあとに布を当てていきます。

皆さんが言っているように正直最初は何色が自分に似合ってるのかあんまりわかりません。でもautumnが来た時に自分の顔色がくすんで見えるのはかろうじて感じた。

 

そして。診断結果は。

 

やっぱりsummerでした。さすがにもう現実を受け入れなくてはいけない。

ちなみにsummerさんはオレンジが苦手です。撃沈。(西畑くんはメンカラオレンジ)もしブルベの橙担の皆様がいらっしゃればお仲間です、強く生きましょう。どうしても取り入れたいなら小物などでなるべく顔の周りには入れないようにしたほうがいいとのこと。たぶんこれからはオレンジの小物が増えます(真顔)。

でもそんなに顔の映え方違うのかなあ…?と思いつつ、最終的に似合う色を10色選んでくれるという感じだったので、10色までそこから絞り込むために更に細かく色を当てていきます。

 

そこでまずびっくり。

 

今まで理由はないけど私が敬遠しがちだったカラー、ネイビー。

めっちゃ映えることに気付く。

 

最初にスーツ着て仕事をしてることを伝えていたのですが、今はブラックやダークグレーが多いんですよ…と言われた時にもネイビー似合いそうなのに!と言ってくださってた先生が布を当てた瞬間「やっぱりね」と微笑む。ネイビーの洋服買います。(ちょろい)

 

そして次のびっくり。

そして個人的にイエローやピンクが好きで普段の洋服にも多いのですが、同じイエローを何色か当ててもspringさんのイエローは顔があまり映えないことに気付く。

 

イエベの色が苦手というのも勿論あるとは思うのですが、10色選ぶまでの間に先生曰く肌の白さにマッチする為には白を含んだ色がよく似合う…ということで原色に近い色が比較的苦手なことを知りました。

 

なんか知れば知るほど楽しすぎる!!!!!

 

10色選んでいただいた後に、フルメイクレッスンをしていただいてたくさん質問に答えていただき、カラーカードを頂いてあっという間の3時間が終了。

 

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めっちゃ楽しかったしみんなが是非受けてと言ってる理由が分かりました。百聞は一見にしかず。トータルで診断を受けた後、今までなんとなくしっくりこなかった洋服やコスメも理由が分かって着方を考えたり思い切って処分できたり。今まで自分が褒められていた服装や髪色なども思い返せば自分のスタイルに一致していた部分がすごく多かった。

 

それからは毎日メイクをするのも洋服を選ぶのもなんとなく今までより楽しいし、ちょっとだけ以前の自分より自信が持てるようになった気がします。自己投資ばんざい。

 

後日写真付きレポートを送っていただくのが楽しみで仕方ないです!ふふ。

とりあえず一言でまとめると自担カラーの適切な取り入れ方が分かるので、一般社会からたまに向けられる冷ややかな視線が辛い、頑張ってるな浮いてるな感を出したくないジャニオタにはとてもおすすめです。現場行くときもオシャレにオタク感隠して雲隠れするための術を手に入れられるよ!!!!!

 

…お粗末でした。

 

自己武装の武器をひとつ手に入れたので私はアッシュが抜けてきらっきらのオレンジベースが見えてきた髪の毛をそろそろ染めます。さよなら西畑くんカラー。

 

それでは、また気が向いたときに。

今日も、明日も、その先も、ずっと笑顔で溢れますように。

17卒ジャニオタの就活日記

皆さまお久しぶりです。

書く書く詐欺常連なのはご存知だったと思われますが、ANOTHERレポ書きたい!書く!と言ってからあのテーマもこのテーマも…とネタばかり増やして実行に移さないこと早2ヵ月ほど。

さすがにそろそろ何か書きたい!のキャパがオーバーしそうなので、今一番スムーズに書けそうな就活日記を書こうと思います。

 

前置き長くてごめんなさい。

先に言っておきますと、この記事は基本的に、私が今までに読ませていただいた他のジャニヲタの皆さんの就活日記に比べて非常に劣等生の就活日記となっております。他の皆さんの記事は、素直に参考になる部分がとても多いと思いますが、この記事は基本的に反面教師的な感じで参考にしていただけると幸いでございます…。

そして就職活動の基本的なやり方等はもちろんここには書きません。あくまでいちばんは記録として残すことが目的です。

これらを踏まえた上で先に進んでください!

 

 

1.本題の前に、私の基本的スペック

 

地方在住、私立4大(文系)在籍。

ランク的にはノーコメントで(察して)。だからもちろん名門大学ではございません。むしろ推薦入試組だし勉強全然できません。(これが後に仇となる)

担当は関西ジュニアの西畑大吾くん。

オタ活は基本遠征組。(地元は読んでいけばバレます。)大阪までは夜行バスで大体8時間、新幹線だと3時間ちょっとといったところでしょうか。

 

 

2.就職活動において大事にしたこと(私の軸)

 

就職活動を行いながら、最終的に大きく変化をしているので、これについては、結果論的な話になります。ですが、就職活動を終えて思うことは、軸を見つけることと、その優先順位を把握しておくことは非常に大切だった!ということです。

 

①地元で働ける

この理由は後に詳しく述べますが、簡単に言いますと会いたい人たちに会える距離で仕事がしたいことと、とりあえず社会人になってもしばらくはお金に困るのが目に見えているので実家暮らしで貯金をしたいこと。といったところです。

 

年功序列成果主義

平たく言えば事務より営業がしたいぜこのやろー!と言ったところです。(笑)お給料もらうにしても、自分が頑張った分が反映されるってわくわくするなあって。もちろんその反面いつでもリスクと隣り合わせでもあるのですが、目に見えて何かしらの形で自分の頑張りが反映されるスタイルのほうが、私は働くモチベーションが上がるなと思い、結果的に就活の最後のほうは営業職ばっかり受けていました。

 

③結婚しても出産しても長く働ける(妥協点)

③については、結果的に捨てました。でも、これだけは結構最後の方まで悩んでいた軸だったので参考までに載せておきます。

 

このあたりでいいでしょうか。

それでは、いよいよ時期ごとに振り返りながら本題に入っていきます。

 

3.ジャニオタ(ジュニア担)の就活日記

 

~3年後期

 

周りで知ってる限り、早い人は2年生の夏休みあたりから5日間程のインターンに行ってる子もいました。私の友人達のインターンピークは3年の夏休み。

その頃、私は何をしていたか。

バイト、バイト、少年たち、バイト、少年たち、バイト、バイト…

就職活動の”し”の字もなく、ただひたすらに、オタ活を来年は謳歌出来ないであろうと思い込んでいた為の社畜生活を送っていました。

この頃は漠然と、就職は本州でしたい!!と思っていました。アルバイト掛け持ちをしていた頃でもありますが、就活費用を貯めるのが本来の目的でした(オタ活に使いすぎて結果的に貯金ほとんどありませんでしたが)。

 

3年10月~11月

大学の就活決起集会みたいなイベントに参加して少し焦り始めたころ。

 

先輩に質問できる時間で、東京と地元間で就活をしていた先輩にかかった就活費用を聞いてただ唖然とし、このままの貯金じゃやばい!と焦った時期(焦るところを間違えている)。

マイナビリクナビは、おそらく3年の4月あたりに大学で強制的に登録させられていたんだけど、その他の就活サイトを色々探しては登録した時期。でも、登録するだけでイベントやらセミナーやらの案内メールは開くこともなく削除していた記憶があります。

今思えばちゃんと見て参加しとけばよかった!!!と思うばかり。

この頃から大学でも就職セミナーが定期的に行われてました。私は、アルバイトを優先してほとんど行ったことがないのですが、来年度以降卒業される皆さんはぜひ行ってください。なぜなら、そんなことをして機会を作らないと、就活のあれこれなんて基本的には黙ってても誰も教えてくれないからです。セミナー行って座って話聞いてるだけで知識が降ってくるなんて幸せそのものだと…。

 

3年12月

初めて某就活サイト主催の就活イベントへ参加する。

 

名目としては、インターンシップフェア的な物だったと思います。私は話を聞くだけ聞いて終わってますので、結局そのあとインターンを予約して参加して…というプロセスは踏んでいません。なぜなら、まだ本州への就職を考えていて、地元のに参加してもなあ…なんて馬鹿な考え方をしていたからです。

今思うと、ここをきっかけにきちんとインターンに行っていれば…と思います。ぶっちゃけた話、就職活動をする中でインターン枠というものは存在すると聞きます。解禁からよーいどん!で説明会行って選考踏んで…としても、もしかしたらもうその時点でほぼほぼ内定決まってるような子がいるなんて会社もあるかもしれない。ということですね。

ちょっと、大げさに書いてますけど、そうじゃなくてもインターンに行くことで得るものは必ずあります。なので、来年度以降卒業の皆さまは、興味があるなしの先入観抜きにぜひこういう機会は逃さないでください。(詳しくは後述します)

 

オタクとしては、クリパに1回だけ参戦する。

この頃の私の口癖、「来年は現場断ちするから!!!」

理由としては、地方在住のための金銭面。それと時間の問題。それらもろもろ考えたときに、アイドルは逃げない(とは言い切れない部分もあるけど、そう仮定して)けど、就活は乗り遅れたら終わる。社会人になれば現場だってまた行けるからそこ数か月の我慢なんてたやすいもんだ!!!といったところ。

(後に本当に現場断ちします)

 

3年1月~2月

冬季インターンシップに参加(小売1社、マスコミ関係2社)

年が明けてようやく就活らしい就活準備を始めました。たぶん来年度卒も同じスケジュールだとは思いますが、解禁前の冬の期間は1日や2日で終わる短期集中型のインターンがかなりの数ありました。

私はこの頃は、マスコミ関係に就職したいと思っていました(結局終わってみてその欠片もないのでぶっちゃけます)。なのでインターンもマスコミ業界中心。オタクだからとかは正直全く業界を志す理由の1ミリにもありませんでした(故にテレビ関係とかは全く興味がありませんでした)。

 

先ほど、インターンには参加するべきだと言ったのは、このインターンの経験こそが就職活動のモチベーションに繋がったからです。

最初に参加したのは小売業のインターン…というよりもジョブセッション。この1歩を踏み出して、他の同世代が就職活動に向けてどのような気持ちを抱いてて、どんな準備をしてて、私はどれだけ遅れてるのかを気付かされました。

実際、大学の友人たちと就活の話するなんて照れくさくてできねーや!なんて投げ出したくなる風潮もありましたが、こういう場所に飛び込んでみると、何かを持って帰ろうと思ってる人が多い。マスコミのインターンなんて尚更でした。

インターンに行くことで、自分の今のレベルを知ることも出来たし、改善点もボロボロ見つかった。おかげで、解禁までに少しなりとも心の準備が出来たのかなと思います。

 

オタクとしてはジャニーズWESTのラッキィィィィィィィ7ツアーに参戦。

就活前ラスト現場!!!

 

3年3月~4年4月

就職活動解禁の時期、合同説明会と単独説明会ラッシュ。

早いところは、この時期から選考も同時に始まってきます。

 

所謂テレビでよく放送されるような大きな会場での合同説明会にも行きました。

気になる企業は片っ端から単独説明会を予約しました。単独説明会に参加しないと選考に参加できないという企業も多かったというのも理由の一つですが、それよりも自分の目で、耳で、肌で、聞き分けないと怖くてわからない。その企業を他人がどう評価してようが、受けるも受けないも、行くも行かないも、決めるのは自分です。就職活動は自己責任。だからこそ「情報は足で稼ぐ」スタイルは一貫していました。

 

…とここまではすごくいい感じの雰囲気が漂ってますが、私はここでESと履歴書ラッシュと共に自己分析を始めます。遅い。遅すぎる。そして、SPIは本を購入してましたがきっぱりと捨てました。(こんなことしちゃだめですよ!!!)

SPIに関しては、中学高校とまともに勉強をしてこなかったために、本を読んでも思い出す作業というより、1から覚える作業になるので、ちんぷんかんぷん。もう嫌だやーめた!と投げ出しています。来年度以降卒業の皆さん。絶対に真似しないでください!超勿体ないから!!!

 

でも、自己分析に関してはやらないと自己PRと学生時代頑張ったことという2大巨頭が出来上がらないので、とにかく何もかも書き出しました。たくさんの友達に他己分析もお願いしました。この時に思ったことは、オタクやっててよかった!と!(語彙力)

ジャニオタをやってると、年代も幅広いお友達が出来ますが、そのみんなにも他己分析をしてもらうことによって、自分のイメージがとても広がりました。同世代だけだとどうしても似たようなイメージになりがちなので、イメージの選択肢を広げて、自分の見せたいイメージを切り取る作業が出来たことはとても大きかったです。

 

この頃は、先ほど述べたマスコミ業界を中心に…と言っても実際のところ、業界はあまり狭めずに営業職を中心とした就職活動にシフトしていました。

自己分析をしたことで、就職活動で譲れない軸がやっとここで見つかっています。

それと共に、漠然と本州で就職したい気持ちが薄れ、地元とその近辺の県で就職したいなあ…と思い始めます。

 

そして、この期間にあった春松竹は先程述べた通り現場断ち宣言を実現。

ドリステの舞台挨拶も諦めました。

その時間があるなら早く就活を終わらせたい!が本音でした。

 

 

しかし、私の就職活動はここで一旦途切れます。

 

4月中旬~5月中旬

就職活動(ほぼ)休止期間

 

理由としては地元で地震があったからです。もちろん、物理的な意味でも地元就職を志していたので、選考がほぼストップしてしまったというのもありましたが、一番はメンタル面でした。日々の生活、これからのこと、就活うんぬんより考えることが大量にありすぎて、ESの提出締め切りを遅らせていただいたり救済の措置を取ってくださった企業さんもたくさんありましたが、それらももう選考に足を突っ込んでる企業を除いて一旦全部蹴りました。

この時点で持ち駒5社?だったかな。

 

でもここで一旦休憩したのは正解だったと思っています。おかげで気持ちを切り替えてまた頑張ろうと思えたから!

そして、これをきっかけに会いたい人にすぐ会える距離で働きたい!!!と軸①の地元就職へと完全にシフトしました。

 

5月中旬~8月上旬(内定)

就職活動スパート

 

ここからは簡単にまとめます。

まず、地震前に選考へ進んでた企業は6月中旬にすべて落ちました。その中には最終選考まで行ったものもあったし(初めてのお祈りメールに少し感動する)、お祈りメールが来ることなく、落ちたらサイレントのまま自分で落ちたと判断したり。(受かってたら○週間以内に連絡しますね、という企業も中にはあります)

当初本命だった企業はいろいろなストレスから初面接の日に体調を崩したせいでだめにしたり。

 

就活を再開してからはANOTHERまでには決めてやる!!と意気込んでいました。

 

ですが、全部リセットされたときはさすがに焦りました。そこからまた説明会→書類→面接と1から踏んでいくのですが、その中でとある企業の人事の方に「そのままじゃ最終面接まで行ってもどこからも内定をもらえないよ」と言われます。

原因としては、企業研究がまったく足りておらず、1次や2次の人となりを見る面接は簡単にクリアできたとしても、その企業への熱意や興味が問われる最終面接で研究の浅はかさが露呈して落ちる、というものでした。

 

結局、その企業は途中で選考を蹴っていますが、その方のおかげでリセット後に巡り合えた第1志望の企業から内定を頂き、就職活動を終えました。

 

オタクとしては、無事にANOTHER2公演、そしてキスマイツアー1公演。

心置きなく楽しむことが出来ました。

 

 

4.就職活動を終えて

 

地方在住の私にとって、オタ活と就職活動を同時に両立させることはやはり難しかったです。でも、無理に私のように現場断ちする必要はないと、終えてみて思います。

ちゃんとした根拠や理由があって、無理だと自分で理解していたら、現場断ちしたとしても自分にしっかりと言い聞かせることが出来ます。でも、迷ってたら現場に行くという選択肢もありだと私は思います!

だって、ANOTHERが決まって就職活動をしていたときの私の内心は、辛いことも乗り越えれば大好きな大吾ちゃんが待ってる!!!という気持ちでいっぱいだったので(笑)アイドルって最高の息抜きになります。だから現場の予定を作ってモチベーションをあげよう!というやり方も正解だと思います。

 

これを読み終えて、薄々感じている方もいらっしゃるかもしれませんが、私は就職活動をするにあたって、オタクのしやすさとか一切重視しませんでした。だから、地元就職に決めたし、土日休みとか一切重視しませんでした。(内定先は平日がお休みです)

もちろん、自担のために生きたい!自担中心の生活してるからそこに焦点を合わせたい!って考え方もありだと思います。むしろ、考え方は人それぞれです。

 

ただ、私はそうじゃなかっただけです。あくまで私の個人的な意見ですが、ジャニオタって極端な話何歳になってもできます。何歳になったから応援しちゃいけないなんて勿論ありません。辞めたくなったら辞めればいい。

でも、働くって何らかの形で一生付きまとってきます。専業主婦だって立派な仕事というように、基本的に何かしらの形で働かなきゃいけない。そう考えたときに、自分が心から納得して、やりがいを感じることが出来て、自分をぐんと高めることが出来る、そういう働き方をしたい!と思いました。全部がすぐすぐかなうとは勿論思いませんが、せめて将来的にそう思えるための準備をしたい。

 

就職活動は自分のことを見つめなおすいい機会だと私は思います。

辛いこと、苦しいこと、投げ出したいこと、いっぱいあったけれど、こんなにじっくり自分自身と向き合える時間ってなかなかないんじゃないかなと思います。

 

あまり大したことは書けてないと思いますが、私なりの視点で自分の記録として、就活日記を残してみました。

少しでも誰かの役に立ったとしたら幸いです!

 

もしこれを読んでみてもう少しここが聞きたい!等あれば気軽に聞いてください。大したことは話せませんが、私もいろんな先輩方に話を聞いて1つずつ疑問を解消したことがとても良かったなと思っているので!

 

私も来年から社会人1年生頑張ろう!!!

 

それでは、長い文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

今日も、明日も、その先も、ずっと笑顔でいられますように。

 

 

西畑大吾くんのすごいところ



なんかすごい小学生の作文みたいなタイトルになってしまいましたが!!

近々これをしたためたいと思ってましてついに書くことに決めました!!!


Anotherを目の前にしてもっと色んな方に西畑大吾という魔力魅力の塊を知って欲しい。
ただそれだけです。(笑)



ちなみに彼は1997年1月9日生まれ
現在19歳です。

そうです、19歳なんです。

それを念頭に置いた上で話していきます。


朝の連続テレビ小説ごちそうさん」「あさが来た」に出演してジャニヲタ以外の認知度も掴んだ大吾くん。


まず、このタイトルの並びかっこいい()


正直ごちそうさんに出演するまでは演技派というよりザ王道アイドル!っていう感じがとっても強かった気がします。


それが外部の波に触れてどんどん変化したんだけど、私がいちばん彼のいちばんすごいなって思ったところは、ここなんです。



「飲み込んだものを100%次に反映する」


そうやって今の彼の立ち位置を自分でしっかりと掴み取ってきたんだろうなって、私なりに見守りながら感じています。


ごちそうさんを掴んだのもきっと自分でだろうけど、(そこだけは知識不足…ごめんなさい)

そこからのEndless SHOCKへの大抜擢、関テレ主催の舞台への抜擢(本日、家を買います。)、それからあさが来たの養之助くんはオーディションで掴みとり、更には地上波バラエティである炎の体育会TVでしっかり爪痕を残しています。


こうやって掴み取ってきたものを並べると、すごいんだよね。改めて。


現場行くにしてもオタク冥利に尽きるというか、新しいお仕事が決まる度に飛び上がりたいくらいの嬉しさを与えてくれる。



もし時間があればなにわ皇子時代の大吾くんのパフォーマンスと、今の大吾くんのパフォーマンスを見比べていただきたい。


本当はSHOCKを境に変わったパフォーマンスを貼るべきなのかもしれないけど、厳選できません………(笑)


とにかく何が言いたいかというと、1個1個の大仕事を終えた後の確実な成長を見守ることができるのでとても楽しいってことです!!!



そしてね、今の大吾くんしか知らない人は周り見ながら頑張ってMC回してるイメージが強いと思います。

でも、昔はまっっっっったくと言っていいほどコンサートのMCでは空気のような存在(といったらあんまりかもしれないけど)かのように発言しなかった。これほんとに。

背負うものが大きくなればなるほど、自分の立ち位置を、頭でわかって振る舞い方を臨機応変に変えていくんですよね、彼。


ここまででも相当すごいというか、かっこいいと思いませんか!!!


たぶん周囲の空気を感じ取って動くのは得意なんだろうなって思う節がたくさんあるのでそこは皆さんぜひ今までのまいジャニ等々ご覧下さい♡



あと私が一番好きなところ。

「したたかに前を見据えるところ」


したたかというと聞こえが良くないかもしれませんが、私の中ではとっても褒めてます。言い換えるならば虎視眈々とでも言いましょうか…

どこを見てるのかは正直本人にしか分からないけれど、彼が見据えるものに向かって1歩ずつ着実に、したたかにしっかりと掴んでいく。


したたかって、アイドルには重要な要素だと思うわけです。仲間を大切にするだけじゃなくて、仲間だからこそ、その仲間を出し抜く気持ちとか、そういうものがなければいつまで経ってもせっかくチャンスをもらってもくすぶるだけで意味がない。


そこで次につなげるチャンスを得るためには俯瞰的な視点が大切だし、でもそれを前面に見せるのは違う。だから、したたかって言うのは褒め言葉なのですよ。




ここまで支離滅裂な文章になりましたが、最初に言いました。
19歳がここまですごいんです。まだまだ若いからまだまだ経験も成長もたくさん出来る。

こんな西畑大吾くんのこと、少し見てみませんか?


ということでAnotherのスタートまで残り約1ヶ月!



今年はみんなで幸せな夏を過ごしましょうー!!!
そして大吾くんのグッズ出たら手にとって見てください!吸い込まれるはずです!!!(これもとっても言いたかった)



おあとがよろしいようで…と言いたかったけどあんまりうまく締まりませんでしたので出直してきます(笑)
 

それでは、今日も、明日も、その先も、ずっと笑顔でいられますように。

もしも西畑大吾がソロコンをするなら

はい、早速流行りに乗っかってみました。

所謂暇人でございます!←
 
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大吾くんがもしソロコンをするなら!

わたしの独断と偏見によるセットリスト大公開したいと思いますどーーーーん!
 
 
西畑大吾ソロコンサート
(バック 正門 こじけん 赤名 14年&15年組)
 
1.Happy Happy Lucky You!(全員登場)
 
ド定番から始まります、のっけから最高潮!
みんなでハッピー!な感じでキラキラな幕開け!
 
 
3.キ・ス・ウ・マ・イ〜Kiss your mind〜<Kis-My-Ft2>(〃)
  大吾正門こじけん赤名で顔くっつけて
  ポールもきっちりお願いします♡
  ちゅっちゅっ…って顔をしてるのがすぐさま想像できるあたり大吾さまさま。
 
4.粉もん(メンバー紹介)<ジャニーズWEST>(〃)
  C&Rのとこでがっつりメンバー紹介!
  みんなでバカになって踊ろうぜい!はいはいっ!
 
5.1992*4##111<二宮和也>(バック15年組)
  これ大吾くん大好きって言ってたからぜひ歌ってほしい!
  ハット被ってズボンもドルマンでよろしく!!
  バックのちびちゃんには風船持ってほしいなあ~~
 
(ちびコーナー)
6.Hey!Say!<旧Hey!Say!7>(14年組)
  おそらくセンターは道枝くんだな。ソロもな。
  私にはその絵が見える( ˙-˙ )←
7.キミのため ボクがいる<Sexy Zone>(14+15年組)
  私たちにはないフレッシュ〜☆なキラキラオーラに
  眩しくなりましょうー!!!
  フレッシュジュニア×セクゾの曲って最強だよね…!
 
8.High Five<中山優馬>(正門こじけん赤名)
  この3人には意外と合うと思っている…!
  雰囲気がピッタリだと思うので爽やかに歌い上げてほしい!
 
(大好き嵐♡リスペクトメドレー)
9.言葉より大切なもの<嵐>(大吾)
10.サワレナイ<〃>(大吾+14年組)
11.ROCK YOU<〃>(大吾+14+15年組)
  私が嵐の中で好きな曲ぶっ込んだ感否めず。
  「切り取ったメロディー~」から始まるメドレーってたまらないね。
  間違いない。そしてサワレナイって地味に名曲だと思う。
  ろっくゆーはもちろん!「永遠じゃなくても〜」は絶対ね?!!
 
12.Be with you<〃>(大吾+正門こじけん赤名)
  しっとり歌い上げて欲しいです。
  あんまり普段が自発的にバラード曲に挑戦しないからこそ
  胸きゅんソングでしっかりしっとり見せてほしいなあ!
  ソロコンっていろんなジャンルに挑戦できるのが醍醐味だと思うしね。
 
13.Smile Maker<NEWS>(〃)
  個人的に大好きな曲!とっても元気が出る!!
  なかなかほっといたら(笑)チャレンジしなさそうだからあえて!
  果たしてラップ部分は誰が歌うのか…乞うご期待☆←
 
(大喜利コーナー)
あくまで大吾ちゃんは司会という立ち位置ですな。
フリップ持ってひな壇に座るカワイコちゃんたちを
可愛がって愛でて、いじっていじって、可愛がるという
西畑大吾の西畑大吾による西畑大吾のためのコーナー(真顔)
そして正門くんは扱いがぞんざいにされがち。
気を付けないとオタク置いてかれがちなので気をつけましょう。
 
 
14.Strawberry Dance<Kis-My-Ft2>(大吾+14+15年組)
15.Dye D?<関ジャニ∞>(大吾+正門こじけん赤名)
16.Toxic Love<ジャニーズWEST>(〃)
  大喜利からのカッコイイギャップでみんなイチコロよ?!!
  ダンスコーナーには色気が欲しいなと思ってこの3曲。
  たぶんガシガシのカッコよさを見せるよりは
  チラリと色気に魅せられるような
  そんな曲が大吾くんにはきっと合うと思います。
  わたしの独断と偏見によるチョイスですが
  これが出来たらもっと惚れ直すからお願いします(笑)
 
(MC)
大吾くんと正門くん、こじけん、赤名くんの4人でお話し…かと思いきや
ここでスペシャルゲスト、永瀬廉&大西流星!!
軽く挨拶してもう序盤できっと二人呼んじゃうんだろうね(笑)
なにわで思う存分わちゃわちゃしてください♡
たぶん、大吾くんと廉ちゃんと正門くんの三角関係見れます。必見。
そして最後に次の曲のフリ講座もしっかりと!
…ということは???
 
17.FUNKY<嵐>(全員、ここまで廉ちゃんと流星参加)
  くるっとまわして~とか言いながら踊るのも可愛いね!
  MCでがっつりレクチャーしてもらったので
  ここだけは団扇を置いてみんなでファンキーしようぜ☆★
 
(バック)
18.chau#<Hey!Say!JUMP>(ちび)
19.WILL BE ALL RIGHT<KAT-TUN>(正門、こじけん、赤名)
20.どこまで Happy!!!<A.B.C-Z>(バック全員)
  ここで大吾くんの休憩タイムも兼ねて(笑)
  chau#の曲としての可愛さ異常だと思うんだよね。天使が生まれます。
  そしてどこかにKAT-TUN入れたいと思ったらこうなりました。
  えびさんは大人っぽい曲が多いから出来るだけフレジュに似合うものを!
 
21.虹<二宮和也>(大吾)
  はいでた〜〜〜!!!みんなが待ってた甘々タイム~~~!!!!
  きっとみんな絶対どこかで入れると思ってたよね?大正解!!
  ということで、きっちりピアノも練習していただきます。
  弾き語りで思いっきり沼に沈めてほしい…(´;ω;`)
  これを聴けばみんな大吾くんの沼へ仲間入り決定ですね。うん。
 
(バンドメドレー)
22.雨傘<TOKIO>(大吾+正門こじけん赤名)
23.Dash!!<Hey!Say!JUMP>(〃)
24.ほろりメロディー<関ジャニ∞>(〃)
  もちろんこのメンバーでバンドは外せないね!
  バンドといえば…なグループから集めてみました。
  ほろりメロディーに関しては
  「あかん、惚れてもうた」を言って欲しいだけだよね!(自己満)
 
25.Love Situation<嵐>(大吾+ちびたち)
26.still...<〃>(大吾+正門こじけん赤名)
  嵐の曲でやってほしいって一番最初に浮かんだのがこのふたつ。
  still...は大吾くんも好きって言ってたし!これは終盤にほんとに相応しい。
  ラブシチュは大吾くんひとりで二宮パートと
  「チカヅキタイ」の美味しいとこどりしていいよ♡
  そのためのソロコンでしょ?()
 
27.NEXT STAGE(全員)
  やっぱり本編最後、ちゃんと関西曲忘れてません。
  ここまでひっちゃかめっちゃかしても関西なのです。
  彼らは関西ジュニアなのです。
  だからこそ全力で見せつけてくれ…!!!!!
 
(アンコ)
28.ロマンティック(〃)
29.バンバンッ!!(〃)
  アンコと言えばド定番のファンサ曲二連発で
  オタクの消化不良も解消していただきましょう(笑)
  もはやファンサ曲皆無なコンサートだとブーイング出そう(笑)
 
(Wアンコ)
30.Happy Happy Lucky You!(〃)
  最後しめるならやっぱりこれしか思いつかないなあ、
  いろんな運命を握ってる曲のような気がしてね。
  今キラキラなスポットライトの当たるど真ん中にいるからこそ
  これは始めと締めに相応しい!!!
 
 
ということで全30曲(多いな)のセットリストでございました!
大吾くん=嵐が大好きのイメージが強いことと
私自身が元嵐担だったことから嵐曲多めです(笑)
 
普段、ジュニアって嵐の曲やらないイメージがこれまで強くて
最近でこそちょこちょこ見るようになったけど…!
 
でもここまでやってみて皆さんと同じことを言うかもしれませんが、
やっぱりセトリ考えるのって難しいですね、
こんな大変な作業をファンが喜ぶように!って一生懸命考えてくれる
ジャニーズの皆さんにはやっぱり頭が上がりません。
 
(セトリ気に入らないとき多少文句言ってたことも反省します。)
 
ここまで書いたらやっぱり会いたくなってきたよ大吾くん…!!!
私の夏は果たしてやってくるのか、
不安なところではありますが、これ以上大学の再開が伸びませんように(笑)
 
 
 
それでは、今日も、明日も、その先も、ずっと笑顔でいられますように。

走り出す背中を追いかけて

お久しぶりです。

果たしてわたしがブログ書いてました(数えるほどの記事だけど)って知ってる方って今どれくらいいるのだろう?と思いながら久しぶりにパソコンに向かっています。

 

 

…正直私自身がこのブログの存在忘れてた!!!

 

でも、この間発売されたPICT-UPの4月号を手に入れて、見開き1ページのインタビューを何度も何度も気付いたら読み返してて、これは言葉にして残したい何かがある!と思い立ってこうなっています。

 

就活生、こんなことする暇あるなら企業研究なり履歴書書くなりやれよと叱っていただいて構いません…。

 

本題に戻りますが。

4月号に掲載されていた向井康二くん×西畑大吾くん×大西流星くんのインタビュー。

写真もいっぱい盛りだくさん!

ピクトアップさんにはしばらく足を向けて寝られません…ありがとうございます!!!

 

でも、そこで彼らが発した言葉を聞きながら、私はこのまま6人にすがっていていいのだろうか、と改めて感じさせられました。

 

自分自身、なにきん(向井くん・平野紫耀くん・金内柊真くん・永瀬廉くん・西畑くん・大西くん)の括りはもうなくなって、それぞれがそれぞれの、向かうところへと歩き出していると、分かっていた つもり でした。

 

…つもりだったんだなあって。

ライバルだけど、それを飛び越えた絆で結ばれた仲間、そんな彼らが大好きで。

でも、今回のインタビューで私が受けた印象(あくまで個人的価値観です!!)は、個性がバラバラ、仲間だけどみんながライバル。仕事に対する価値観の違いも前面に出てきたなあ、と。

 

ライバルだけど、仲間。から、仲間だけど、ライバル。

解釈の仕方が今までとなんだか真逆になってしまったような気がしないでもない。

 

おそらく、私がオタク卒業できそう!とルンルンするくらいに現実世界に必死こいて彼らの生きている世界から少し目を離していた隙に、世界はかなり先に進んでいたんだと思います。

(結局卒業できていないからこうして文字を綴っているのですが。笑)

 

皮肉にも、最後に更新した記事はあの卒業式の話で。

私は理想で止まったまま、現実の出来事に追いついていなかったのかなあと思ってしまうところも少しだけありました。(だいぶ大げさかもしれないけど)

 

今回の記事でアイドルの仕事であったり、アイドルを続けることであったり、

結構こちらサイドとしては際どい話題を語る彼らの言葉が、

 

「僕らはもう前を向いています」

 

と言わんばかりの迫力を醸し出していました。

 

だからこそ敵視、悔しいといった感情をハッキリ表した言葉。

その言葉が余計に響いてきたのかなあと思うばかりです。

 

ピクトアップが出る少し前に、大吾くんが一人で掲載されていた女性セブン。

 

ジャニーズJr.は仲間ではあるんですけど、ライバルなんです。

常に個人戦をやっているみたいな感じ。 

(女性セブン 平成28年2月25日号)

 

インタビューの一部を引用させていただきましたが、これが彼らの現在である。

だから受け止めよう。

受け止めて見守ろう。と改めて今回思いました。

 

映画「目指せ♪ドリームステージ!」の公開も、もうすぐ!

(4月16日ロードショーです、みなさんよろしくお願いします!!)

これからまた、メディアで現在を語る彼らを見る機会が増える、はず。

 

それぞれの未来を、ドリームステージを、見据えて頑張る関西Jr.を、

西畑大吾くんを私なりに、これからまた応援していきたいなと思います。

 

久しぶりに書いたから話にまとまりがないのはご容赦くださいませ。笑

 

それでは、今日も、明日も、その先も、ずっと笑顔でいられますように。